火星の夕焼けはなぜ青い

「続きを読む」って期待感をあおるよねー。
しかしこれは無意味な「続きを読む」です。
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↑のダミー「続きを読む」くらいに無意味だ。
妹によるともはやレポの締め切りは過ぎたようですねー。
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私は電車に乗っていた。停止信号によって動きをなくした電車の中には、ただ扇風機のかすかな音と、目の前の若いカップルのつかの間の沈黙とが漂っていた。夜10時を回っていた。私は、こんな時間に隣同士に座っている男女は当然この後の展開への期待を胸に秘めているものなのだろうかなどと考えていた。
その矢先、隣の車両からこちらへ通じるドアが勢いよく開き、江里口○治が、今しがた油壺から出てきたカメレオンのような顔をして現れたのだった。彼は、何かに追われているような怯えた眼をして、極端に猫背の姿勢のまま、あろうことか私のそばの席へと突進し、幾たびか失敗しながらも何とか席についた。私が油壺の油だと思っていた液体は、おびただしい量の汗であった。なんだか見てはならないものを見てしまった気がして私は視線を宙に泳がせた。油壺から出てきたばかりのカメレオンなどというなまやさしいものではなかった。それは生身の江里口○治だった。・・私を通り過ぎていった男たち。
彼は追っ手を気にしているらしく、しじゅうその長い首を巧みに用いて車内を見回した。しかし電車が動き出すと次第に落ち着いたらしく、カバンからハードカバーを取り出して読み始めたようだった。
私も平静を取り戻して、釣った魚と餌の関係についてぼんやりと思考をめぐらせ始めた。それはあまり好ましい主題ではなかったので私はすぐに倦んでしまい、目を閉じた。
そのとき、電車が意気揚々と代々木八幡駅の閑散としたホームに滑り込んだ。ドアが開き、防具を持った剣道部員の一団がおもむろに乗り込んだ。隣の江里口○治はその姿を見るなり異様に慌てふためきはじめ、読みさしの「火星の夕焼けは青いわけない」を床に取り落とすのも構わず、荷物をまとめて猛スピードで隣の車両へと消えていった。恐怖が彼を支配していたためか、彼の長すぎる首はその長さをいや増したかのように見えた。